解禁(奈良県御所市)
「結構、人が集まってきたなあ」
狭い、本当に狭い通路にカメラマンが並び、目の前のコスモス畑を撮影している。規模こそ小さいが、東向きの高台にあり、遠くに町を見下ろす景観もバッチリだ。私がここに来るのは3年目。同じ奈良県内で大人気のコスモス畑・藤原京跡の情報をネット検索していて、偶然この場所を見つけた。初訪問の年は、花はやや終盤だったけど、数名、通い慣れた感じのカメラマンがおられるだけの絶景ポイントは、万馬券を当てたみたいで得した気分になった。
藤原京跡も素晴らしいんだけど、とにかく人が多くて、撮影場所確保のストレス度は最高レベルだ。ここでコスモスと朝日の作品が撮れるなら、もうあっちには行かなくてもいいかなぁと思うとホッとする。
ただ、ここは立ち位置のスペースが「親不知・子不知海岸」並みに狭くて、カニのように横向きになってお腹をへこませないとすれ違えないのが難点だ。小さめな体格の私でこれだから、大柄な人同士だとぶつかってコスモス畑にダイブしかねない。
「これは極秘案件だな」
うっかり「いい場所でしょー」なんて自慢したら、釣られて来たカメラマンで溢れ、ピクリとも身動きできなくなるから、今日来たことは完全黙秘することにした。
*
「知られたら、ここ、絶対混むよね」
心配症の私は、まだ穴場のうちに作品を撮ってしまおうと決意した。
コスモスは、背丈や花の付き具合、色のバランスなど、絵になる立ち位置が難しい。一歩ずれると茎が目立って密集感がなくなったり、目線の高さを変えると萎びた花や蕾ばかりが目立ったり。すでに萎びている花が多いとなおさら難しいが、ここは人が少ない分、立ち位置を選ぶ余裕があり、おかげで撮影画像だけ見たら旬のコスモスが咲き誇っているような、まあまあそこそこ気に入った作品を撮ることができた。
「花も終わりだし、これだけ撮ったら、もう、来なくていいかな」
帰り道、立ち寄った藤原京跡のコスモス畑が、人であふれ返る様子を見て、秘密の場所を確保できた優越感に浸る。気が大きくなり、のんびりと道草をしながら帰路についていると、ちょうどいい塩梅の夕立が降ってきた。
「これ、明日の朝、雲海出るんじゃない?」
大金星の予感に胸がざわつき、帰宅せずに、あっちのコスモス畑へ戻ることにした。
道中で食事や入浴、仮眠を済ませ、ワクワクしながら、真夜中の花畑に降り立つ。
今朝、満開っぽく撮影したコスモスの背景に広がる雲海を想像すると、ついつい口元がゆるんじゃう。朝にはまだ時間があるけど、早めに撮影場所を確保しておくかと、懐中電灯で花畑を照らしてみると、
「げーっ!」
密集しているはずのコスモスが、バタンバタンに倒れている! 野生動物が暴れたかと思うほど、倒れまくっている。どうやらこの辺りだけゲリラ豪雨と強風に襲われ、コスモスをなぎ倒してしまったようだ。
「雲海が出ても、これじゃ絵にならないや」
今年のチャンスは終わったな。期待した分、ショックも大きい。欲張らず、サッサと帰宅していたら、気持ちよく撮り納めできたのに。あぁ、また来年も来ないといけないのか……と思うと、ちょっと気が重かった。
*
翌年、雨上がりの翌日、用心深い私は「今年は人が押し寄せているかも」と夜中のうちに到着した。一年越しの念願叶って、コスモスの背景には大雲海が湧いている。
「よっしゃー!」
この時間なら撮影位置も選び放題。今年は花も見頃だし、1年待った甲斐があるというものだ。ワクワクしながら朝を待つ。
が、夜明けが近付くと雲海は引いていき、日の出を迎える頃には消えてしまった。
「そんなぁ。殺生な」
雲海とのコラボはお預けとなったが、この日はなかなかドラマチックな作品が撮れた。でも、欲を言うなら……真夜中の大雲海を見ちゃったからなあ。雲海が消えた頃に到着したら、達成感だけで満ち満ちていただろうに。また宿題を残してしまった。
そんなこんな、なんだかんだで、毎年、ここへ通っている。3年目の去年は、さほど良い気象条件ではなかったにも関わらず、カメラマンも増えていて、知人にも会うようになり、もう極秘案件じゃなくなってきた。そろそろ私も解禁しよう。でも……。
なんとしても今年こそは、雲海とコスモスと輝く朝日を撮ってしまわねば……と焦る今日この頃である。
旅ノート
ここを見つけるまで、10年以上通っていた藤原京跡のコスモス畑は、開花状況がWEBで確認でき、広いエリアで順に見頃を迎えるため、一度は訪れたい名所。花の見頃の10月中下旬は、大台ケ原の紅葉や吉野山の桜・柿紅葉が始まっているので、足を延ばすことも多い。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2026年9-10月号





