真夏の反抗期(京都府宮津市)
どこにいても私は同じ失敗するんだな。
車で家から2時間半かけてやってきた山の上で、私はつぶやく。
今夜、自宅のある京都市内では「五山の送り火」が行われる。お盆を締めくくる伝統行事で、物心ついた頃から、夜空に浮かび上がる「大」の字に手を合わせてきたし、写真を始めてからは、毎年、五山のいずれかの点火を撮りにいった。
そうしないといけないような、妙な義務感があって、毎年、毎年……あぁ今年もか。と考えた時、「もうイヤ! ブッチしてやる!」と、反逆心が爆発した。今年こそは、正体不明のしがらみから解放されるんだ! 私は思い切って京都市内脱出を決意した。
じゃあ、どこへ行こう? 逡巡した時、知人から宮津の灯篭流しと花火の情報を聞き、ここに決めた。
京都市内じゃないけど、京都府内。五山の見える市内からは離れたいけど、他府県まで行くのは、なんか気が引ける。本気ではないくせに家出にあこがれる中学生みたいな反抗心には、うってつけの場所だった。
*
お盆の8月16日に京都市内から離れるのは、たぶん生まれて初めてだ。
ワクワク、ドキドキしながら、急な山道を登ること20分、知人推薦のポイントには何人かの先客がいて、その後もぼちぼちとカメラマンは増えたが、知人の知人や顔見知りがほとんどだったので、撮影場所を確保した後、一度、山を降りることにした。冷房の効いた下界のスーパーで遅めの昼食を買い、灼熱地獄の現地待機組にも何か差し入れようとアイスコーナーをのぞいてみる。いろいろな種類のアイスを眺めるうち、昔、京都の広沢池の送り火を待つ間に差し入れてもらったアイスキャンデーの記憶が蘇ってきた。食べている間にもどんどん溶けて、手がベタベタになってしまった。
「あれには困ったな」
その時の教訓を生かして、溶けても被害の少なそうなタイプ、2つに分けられる瓢箪型容器のアイスを選ぶことにした。ついでに塩分補給に小分袋のスナック菓子も購入。涼しい店内から離れたくなかったが、アイスが溶ける前に届けねばと、急いで山へ向かう。
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現地には、カメラマンが一人増えていた。もう前列は埋まっていたから、私の後ろに三脚をたてている。残念ながら、彼の分のアイスはない。
ちょっと後ろめたさを感じながら、待機組にアイスとスナックを配っていると、その人が、カメラの位置を決めたいから、私がどんな具合にセッティングするか決めてほしいと言ってきた。花火開始まで時間はまだまだあったけど、私の留守中ずっと気になっていたんだろうなと、すぐに取り掛かる。
あまり花火を撮ったことのない私は、空をどの程度入れた構図がよいかわからず、周りの人に尋ねてみると、皆さん、さすが花火好きなだけあって、以前ここで撮った花火の写真を見せてくれながら、「ほとんどの花火はこのぐらいの高さまで」でも「尺玉はここまで上がった」など、詳しく教えてくれた。
お手本画像を見せてもらうたび、広角レンズを付けたり、望遠レンズに変えたり、縦位置にしたり、横位置にしたり……。後ろの人が待ってると思うと焦るし、一旦決めたら変えにくいと思うと迷うし。
やっと一段落ついたところで、ハッと自分のアイスを思い出す。
しまったー。溶けちゃってるかも。
すでにやわらかくなった胴体を持って、「これ以上溶けないうちに一秒でも早く。」と大急ぎで吸い口を切った。
ぶちゅ……。
シャーベットは溶けると流動体になる。吸い口から勢いよく飛び出した中身で、手は汚れてベタベタになるし、服にも付くし、中身は半分くらいに減ってるし。
あー、アイスを食べてからにすればよかった。
アイスをあげなかった報いかな。確かに、私の分のアイスをあげて、彼がそれを食べている間にセッティングしていれば、少なくともアイスは無駄にならなかったし、手もベトベトにならなかった。
─歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は喜劇として。
byカール・マルクス
ベトベトの手を持て余しながら、結局、どこにいても、私は同じ失敗を繰り返すんだなぁと、苦笑がにじみ出た。
旅ノート
海の京都として大人気の丹後半島は、日本三景のひとつ、天橋立をはじめ、伊根の舟屋、丹後松島、立岩、琴引浜、木製ブランコの夕日ケ浦など、絵になるポイントも多い。夏至前後は、海からの朝日夕日が撮れる。秋には漁火も。日帰り入浴なら宇川温泉よし野の里がお気に入り。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2026年7-8月号





