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もっと撮り旅 もっと撮り旅

月の塔(滋賀県長浜市)

Z8/NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S (200mm)/f8AE・1/2秒・-0.7EV/ISO400/RAW/NX-Studio/晴天/ビビッド/三脚/'24年5月23日19時19分/滋賀県長浜市

ヨーロッパの古城のようなシュッとした塔がそびえるこの建物は、ドイツの大聖堂を模して1952年に建築された元公民館。田んぼに囲まれ、360度、どの角度からでも空と塔がコラボできるのが魅力で、特に朝日に浮かび上がるシャープなシルエットは欧州の物語に出てくるような眺めである。ただ、我が家から100キロ弱もあり、車で2時間ほどかかるため、北日本の撮影からの帰りに、ついでに寄ってみることがほとんどだった。

旅の帰路……つまり、「気象条件が悪くなってきたから、もう帰ろうかな?」という状況なので、いつも天気はパッとせず、実はここで作品が撮れた記憶はない。星空、朝日、月の出と、いつかは作品にしたいと思っていたが、去年あたりから、建物が老朽化して危ないので、もうすぐ壊されるという噂が囁かれるようになった。

「これが最後のチャンスかも」

ある満月の日、やっと私の重い腰も上がり、月が昇る夕刻に合わせて出発した。

本格的な曇り空だと月の姿が見えないので、数日前からあらゆる天気予報を入念にチェックする。今夜は薄い雲があるけど、晴れて月は見えそう。おまけに「もしかしたら夕方、爆焼けしそう」な胸騒ぎまでする。自慢じゃないが、最近の私、爆焼け予報だけは、バンバン当たるようになっており、今日もアンテナがビンビン反応していた。

   *

さて、満月の朝夕はなぜか爆焼けすることが多い。だけど太陽と入れ違いに真向かいから出没する満月は、反対側の空が焼けても色づく程度。沈んでいく月を撮ろうと西側の景観が良い場所で撮っていると、真後ろの東の空が真っ赤に染まり、「今からじゃ、東向きの場所に行くには間に合わない」と悔しい思いをしながら指をくわえて眺めた経験が何度もある。

「今日もそうかも」と不穏な予感を胸に抱きつつ、現地までの2時間、運転している間も「夕焼けを諦めるか? 二兎を追ってみるか?」で悩み続け、とりあえず西向きで景観のいい場所を探すだけ探してみることに。塔の近くには良いポイントが見つからず、ちょっと離れた広い道路沿いにある西空と水田と塔が絡む場所にたどり着いた。

早苗の並ぶ水田と空を目いっぱい入れようと広角レンズで構えると、塔はマッチ棒のように小さくなるが、ぐずぐず考えるうちにも夕日はどんどん沈み始め、空もみるみる赤くなっていったので、慌てて撮り始める。「あれ? あんなに迷っていたのに、夕焼けも撮ることにしたの?」とツッコまれそうだけど、今、目の前で赤く染まっていく空を見ながら、撮らずに立ち去るという潔さを私は持ち合わせていない。

爆焼け予測が当たったうれしさと、早く切り上げないと月が昇りきってしまう焦りで、心臓がバクバクする。見事な夕焼けが空にも田んぼにも広がる様は圧巻で……。あぁ、でも、もうそろそろ……。

恐る恐る振り返ると、東の空にはやっぱりもう、月が昇ってきていた。こんな日に限って夕焼けは長引き、私はまだ赤味の残る西空をにらみながら撮影を中断し、急いで反対側、本来の目的地へと車を走らせる。

東向きの撮影ポイントは、これまでも何度か来ていたし、事前に月の位置も確認していたので、珍しく迷うことなく目的地に到着。すでに何人かのカメラマンが集まっている中に混ぜてもらい、大急ぎで撮影開始。ギリギリ。なんとかギリギリ、塔と月が絡むタイミングに間に合った。

今宵は朧月夜で、滲むような橙色の月が美しい。こんなに映えて絵になる光景なのに、集まったカメラマンは10人にも満たず、ほとんどが近くに住む常連さんらしい。月に合わせて、皆も私も少しずつ左へ移動しながら、撮り続ける。皆、望遠レンズで、月を覗きながら動くので、時にぶつかりそうになるけれど、この少人数なので、和気あいあいと月を追いかける。

やがて空高く月が遠ざかると、一人、二人と帰りはじめ、水田に映りこんだ月も見えなくなる頃には、私一人になった。また、これから2時間かけて帰路に着くのだ。でもこんなに幻想的な朧月夜。弾丸往復4時間の疲れも吹き飛ぶというものだ。

   *

それから間もなくして、あのお城のような塔は、本当になくなってしまった。雪景色、朝霧……、もっともっと撮りたかった無念と同時に、怠け者の私の心の片隅には、往復4時間をためらう気持ちから解放された安堵感もある。ただ、ただ、最後に出会えた、あの夢のように美しい一夜を、私はきっと忘れることはないだろう。

旅ノート

まだ空の色が残る時間帯に現れる満月の出、入りは幻想的で、私の最も好きな被写体のひとつである。月がどこから出入りするかは、「月の出・月の入り時刻方角マップ」(https://hinode.pics/moon)を参考にしている。航空写真表示で、塔の先レベルまで予測できるので、ありがたい。

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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2025年5-6月号

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