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「夕焼け小やけ」(滋賀県東近江市)

Z 7/AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8E FL ED VR(FTZ)/f11AE/1/4秒/ISO100/RAW(Capture NX-D/晴天/風景)/三脚/PL/´19年4月25日6時/滋賀県東近江市・猪子山

ハァハァハァ
目の前にそびえる石段を、息を切らしながら駆け上がる。いや、心臓が追いつかないので、急ぎ足程度で昇って行く。道に迷い、駐車に手間取り、急がないと落日に間に合わない時刻になってしまっていた。

琵琶湖周辺で夕日のきれいな場所をネットで探し当て、初めて訪れた私の目の前に、どーんと立ちふさがる450段以上はありそうな石段。これほどの階段があるなら、あと30分、いや15分早く家を出ていたらと、いつもの後悔を背負いながら、とにかく急ぐ。ハアハアゼイゼイ喘ぎながら昇る私とすれ違いに、上段からトレーニングウェアを着た小学生高学年位の集団と大人二人ほどが、「こんにちはー」と号令のような挨拶をしながら、駆け下りていく。あっという間に下に着いた一群に「しっかり水分補給しとけよ」「急に止まらないでゆっくり歩く!」と大人の呼びかける声がする。何かの運動部だろうか。先頭を進む少年たちは颯爽としていたが、最後尾はダラダラと喋りながら降りていく。すれ違いざま、彼らの会話の「オリンピック」の単語が耳に残った。

「来年はオリンピックかぁ」

まさか彼らがオリンピック候補ではないだろうが、将来、オリンピックを目指すのを……、現実的ではないにしろ、漠然と高い目標として掲げているのかもしれない。あるいは、単に有名選手の噂話をしていただけかもしれないが、スポーツ選手にとって「オリンピック」は、私たち一般人以上に身近なものに違いない。

じゃあ、筋トレがてら私の機材を上まで持っていってよ……、とお願いできるほどは厚かましくないので自力で先を急ぐ。ぎりぎり落日に間に合い、周囲をオレンジ色に染め上げながら沈む夕日を写真に収めた。先客は二人ほどで、私の後からも二人ほど撮影に加わる。穴場だと思っていたけど、案外知られた場所のようだ。合言葉は「すごい階段」と「絶景」。同じ苦労をした者同志、和気藹々とした雰囲気のなか、あっという間に太陽が沈むと、「お先に」と一人二人と帰っていった。これからがいいのに。辺りが薄暗くなるなか、いつのまにか撮影しているのは二人きりになった。

   *

チリン チリン

突然、どこからか、鈴のような音が聞こえて、ビクッとする。山の上のお堂というシチュエーションだけに、霊感ゼロの私なりに気味が悪い。
「聞こえました?」
そっと隣の人に聞いてみる。
「ああ、あれね。あそこの風鈴の音ですよ」
見ると本堂の脇に、風鈴がぶら下がっている。なんだ。あの風鈴が鳴っているのか。ホッとはするが、気にはなる。こういうのって、気にしだすと怖いんだよね。そのうち、隣人も「私もそろそろ」と帰り支度を始めた。えー、置いてくの? 心細いが、一緒に来たわけでも友達でもないので仕方ない。私は夜になる直前の時間帯が好きなので、「薄気味悪い」なんて理由で、撤退するわけにはいかない。ひとりぼっちになってからも、チリンチリン。風に揺られて鈴の音が奏でられるたび、念のためそちらを見て、何もないことを確認しながら撮影を続けた。あぁそうだ。オリンピック。ここはオリンピックを(漠然と)目指している若者がトレーニングしている、とても健康的で前向きな場所なんだ。オリンピックとあやかしは、脳みその中で考える場所が違うのか、それを思い出すと、ちょっと気が紛れた。

   *

今、この原稿を書きながら、あの子たちも延期になったオリンピックの話題で大騒ぎしているんだろうなと想像する。あ、でも学校も休校になったし、運動部も自粛だろうから、SNSとか電話で盛り上がっているのかな。5月の田植えの季節までには平和な日常が戻り、またゼイゼイ言いながらあの子たちとすれ違いたいなと心から願う今日この頃だ。

旅ノート

執筆中に決定したオリンピック延期。少女時代、私の目標の延長線上にもオリンピックがあり、実際、先輩や同輩はオリンピックに出場。今回の延期で泣く選手もいれば、笑う選手も出てくる。人生ってほんとにわからないな。

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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2020年5-6月号掲載

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