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もっと撮り旅

これでいいのだ(和歌山県和歌山市)

Z8/NIKKOR Z 14-24mm f/2.8 S(18mm)/f11AE・1/2秒・−0.7EV/ISO100/RAW/NX-Studio/晴天/ビビッド/PL+ハーフND/三脚/'24年9月19日5時40分/和歌山県和歌山市・雑賀崎

「西から昇ったおひさまが、東へ沈~む」というのは、某アニメ主題歌の歌詞だが、もちろん、これは間違いである。実際には太陽の動きは逆だし、月も東から昇って西に沈み、そして満月は太陽の真反対側にいると認識したのは、風景写真を始めてからである。

満月の朝夕は、日の出、日の入りや空の焼けを狙うか、月の出入りを狙うかの選択に迫られる。そりゃあ、月に一度の満月優先でしょうと思うのだが、なぜか満月は爆焼けすることが多く、この朝も月が西の空に消えてまもなく、背中を向けていた東の空がみるみる真っ赤に色づき始めた。東側は山に塞がれ、空の高い部分しか見えないのに、これだけ焼けているのだから、水平線から広がる朝焼けはさぞ圧巻だろう。

「あぁ、またか」。前々回の連載でも愚痴った気がするが、実際、その悩ましい現象が高頻度で起きるのだから嘆かわしい。仕方なく、手ぶらで帰るよりはと、東を向いて撮りながら「朝焼けに海と船だから、そう悪くはない」と自分に言い聞かせる。

でも、でも……。「精神衛生上良くない」と分かりつつも、想像してしまう。

昨夜、満月の出を撮った橋杭岩では、今、ものすごい朝焼けの絶景なんだろうなあ。
そのまま、そこでひと眠りしていたら、何の苦労もなく撮れていたのに、なんでほとんど眠らず、わざわざ2時間半も走って、雑賀崎まで来てしまったんだろう。

そう、私はイタリアのアマルフィ海岸を思わせるこの港に沈む満月を、どうしても撮りたかったのだ。その目的が見事に叶っていたら、こんなに後悔はしないのだが、夜空一面の雲間から見えたり隠れたりしていた月は、朝方、肝心の町並みに沈む頃にはほとんど雲に遮られてしまった。

なんでかなあ。なんでかなあ。

爆焼けするほどの雲があるなら、月はきれいに見えないって、なんで予測しなかったのかなあ。いや、勘づいてはいたけど、どうしてもここで撮りたかったから、気づかないふりをして走ってきてしまったのだ。

   *

頑張れば頑張るほど、空回りする。

昨夕の橋杭岩で出くわした友人の撮影会の参加者たちは、今頃、爆焼けの橋杭岩をモノにしてるんだろうなあ。「あれ? 星野さん、いない」とか思ってるかもしれない。こんなチャンスを逃すなんて、悲しいし、悔しいし、恥ずかしい。

せっかくの爆焼けの下、撮影に集中すべきところ、雑念に脳みその半分を使いながら鬱々とシャッターを押す。そんな私の視界の端に、ピンク色の何かが入り込んだ。
「え? え? え?」

東の爆焼けが西の空まで浸食してゆき、みるみるピンク色に染まっていく。

わー!!! 「どっち? どっち撮る? どっち撮ったらいい?」

朝夕焼けは、「焼け始めたら覚悟を決めて、構図を変えず撮り続ける」というのが私の信条で、「より完璧に」とレンズや場所を変える間に、一番の撮りどころを逃してしまう失敗を何度も経験した結論なのだが、今回の誘惑には即刻白旗だ。

   *

西に向き直して撮影開始。逆光だと風景は陰になってしまうが、順光なので斜面にならぶ家々や波に揺れるボートの色もきれいに描かれる。
「これ、いいんじゃない? 夕方の爆焼けの時より、いいんじゃない?」

しかも私の大好きな「独り占め」だ。

   *

実は私は24時間前も、ここで撮影している。今日より1時間早く月が沈むので、水平線の見える海で月を見送った後、移動して、夜明け前からこの場所にいた。

昨日は雲一つない晴天で、西は青空だったが、東側の山が邪魔をして、朝一番の赤い順光は届かず、また、港に満遍なく光が届くにはさらに1時間近くを要し、あまり収穫のない朝だった。その後、三段壁など、観光名所を周りながら、夕方、橋杭岩に到着し、月の出だけを撮って、とんぼ返りに戻ってきた雑賀崎。ガソリン高騰の折、コスパ最悪の行程で自己嫌悪に苛まれたが、幸運にも思いがけない情景に恵まれた。

これだから自然相手の風景写真はやめられない。どんなに無駄骨だったと落ち込んでも、あがき続けていたら、たまに予想できないご褒美をもらえることもある。この数日間、ずいぶん走り回ったけど、結果オーライ。「これでよかったのだ!」

奇跡のピンク色が消えていく西の空に向かって、私は渾身のガッツポーズを掲げた。


旅ノート

日本のアマルフィと、最近注目の雑賀崎。初秋頃、斜面に家が並ぶ港街に夕日が沈む。この時期、漁港付近の海沿いからだと、日没時刻40分ほど前には太陽が隠れるので、早めの到着が必須。市内へ向かって10キロ程にある名湯、高濃度天然炭酸泉「花山温泉 薬師の湯」もお勧め。

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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2025年9-10月号