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夜覚め(岐阜県岐阜市)
あれ? 一人になっちゃった?
ここ、SNSで大人気の花筏の名所に着いたのは、つい先ほどの午前2時過ぎ。
先客お一人がちょうど帰られたところで、草木も眠る丑三つ時に、私は一人、カメラを抱えて池の周りを徘徊していた。
誰もいない真夜中の公園を、外灯が煌々と照らしている。風はなく、そよりとも揺れず枝垂れる桜に、時間が止まっているような錯覚を覚えるが、水面の花びらは緩やかに流れており、見つめていると吸いこまれそうだ。
こんな人気の撮影地を、まさか独り占めできるなんて。ニタリとほくそ笑む。来る前の想像では、たくさんのカメラマンに阻まれ、隙間を探しカメラを潜りこませて撮らねばならないと覚悟していたが、杞憂であった。
桜も花筏も見頃なのに、この人けのなさは、たぶん、いや、間違いなく丑三つ時効果だろう。五寸釘だの藁人形だの物騒なイメージのこびりつく午前2時は、現代科学でも成長ホルモンが最大に分泌され細胞分裂が盛んになったり、誘眠ホルモンが増えたり、要するに正常な体内時計では、身体のためには眠るべき時間帯だそうだ。
が、私の目は冴えている。ギンギンに覚醒している。そう、私は夜になればなるほどパワーが漲り、朝になると元気がなくなる究極の夜型人間なのだ。朝日を撮ることの多い風景写真家としては最弱の体質だが、夜の撮影にはめっぽう強い。私の体内時計がフル稼働する今こそ、本領発揮である。
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さて丑三つ時効果を活用できたのは、一カ月ほど前に仕事でお会いした、このエリアに詳しいKさんの一言のおかげだ。
なぜか勝手な先入観で、ここがものすごく広大な有料施設で、ライトアップされている夜桜ポイントまで延々と歩かなければならず、日没前からカメラマンが場所取りをしていて、その競争の前に岐阜市街の夕方の渋滞が立ちはだかり、やっと撮影ポイントが空いた頃に消灯……的な難易度の高い場所だと思い込み、敬遠していた。
ならば、うんと早く、何時間も前に現場に着いて、良い場所を確保すればいいのだが、少しでも楽をしたい私は、「何時頃までに行けばいいですか?」とKさんに尋ねてみたら、「一晩中、いつ行っても一緒です」とのこと。桜や水面を満遍なく照らしているのは特別なライトアップではなく、一晩中ついている外灯だから、「暗かったら何時でも同じ」だそうだ。
えー? ホントに? 実は来るまではちょっと疑っていたけど、ホントだった。
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教えてもらった駐車場に着くと、既にそれなりの台数の車が停まっていた。
「やっぱり、真夜中でも混んでるんだな」
心配性の私は、「朝までいい撮影ポイントが空かなかったらどうしよう」と不安に駆られ、1分でも早く現地に着かねばと足早に歩く。そして、急ぐから道に迷う。方向音痴なのに、焦ると地図を見ないで勘に頼り、その勘はたいてい間違っている。ぐるっと遠回りして、やっと写真で見ていた唐門に到着した。憧れの地の第一印象は……。「え? ここ?」
閑散とした小さな池を前に唖然とする。こんなにコンパクトな公園とは思いもしなかったので、ちょっとガッカリだ。
が、いざ、三脚を構えてみると、ファインダーの中にはイメージ通りの夢の世界が広がっており、あまりの美しさに興奮し、シャッター速度を変えて花筏を止めたり流したり、貪るように夢中で撮り続けた。
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やがて空が白み朝が近づくと、じわじわと眠気が押し寄せヘタリかけたが、日の出狙いのカメラマンが二人、三人と集まってくると、負けず嫌いが頭をもたげ、シャンとする。
不思議だよね。ここは夜の方がずっと魅力的なのに、朝になると人が増える。日の出が近づくと、人間は動き出すんだな。
よし、最後の力を振り絞って、後半戦・朝日コラボの開幕だ。散花を流す露光時間を稼ぐNDフィルターも準備万端である。
だけど、あれ? 夜、あんなに生き生きと渦巻いていた花筏が、いつのまにか消えていた。ここの桜も夜型なのかも? 朝日は雲に阻まれて勢いがないし、明るくなると周りの住宅街が目立ち現実感むき出しで、気持ちが萎えていく。丑三つ時からの至福の光景は夢か幻か。
私は朝の光と共に休止モードが発動した体内時計に引きずられ、うつらうつらしながら、帰り支度を始めた。
桜撮影の中でも魅力的な花筏。これまで撮影して印象的だったのは、五稜郭(北海道)、弘前城(青森県)、霞城公園(山形県)、千鳥ケ淵(東京)、高遠城址(長野県)、打吹公園(鳥取県)、相野の桜(高知県)、浅井の一本桜(福岡県)など。PL、NDフィルターを使うと表現が広がる。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2025年3-4月号