Nikon Imaging | Japan
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第九十四夜 ニコンミニ AF600QD/Lite-Touch AF

世界最小最軽量を目指して
ニコンミニ AF600QD/Lite-Touch AF

今夜は、交換レンズの範疇からは外れるが、当時世界最小最軽量の35mm判AFコンパクトカメラのニコンミニをとりあげたい。日本ではゲゲゲの鬼太郎に登場する目玉のおやじのCMでも話題になり、海外ではLite-Touch AFの名称で発売されベストセラーとなったモデルである。このカメラはどんな想いでつくられ、どうやって世界最小最軽量を達成したのだろうか?その秘密をひもといてゆきたい。

大下孝一

ニコンのコンパクトカメラ

私がニコン(当時は日本光学工業株式会社)に入社したのは1985年のことで、その時のOJT(On the Job Training)指導員が若宮孝一(わかみやこういち)さんだったことからコンパクトカメラの光学設計に関わるようになった。若宮さんはこのニッコール千夜一夜物語の第33夜でとりあげられた初代ピカイチ L35AFの撮影レンズのほか、2代目3代目ピカイチ L35AD2、L35AD3の撮影レンズや1987年発売の2焦点AFコンパクトカメラのピカイチテレエクセル TW2Dの撮影レンズやファインダーなど、初期のニコン・コンパクトカメラの光学設計を一手に担っていた方である。また交換レンズでは1985年発売のAI UV-Nikkor105mm F4.5S、ニコノス用UW Nikkor20mm F2.8などの設計を手がけられている。若宮さんは、交換レンズ設計の職場に異動する前は天体望遠鏡の設計をされていたそうで、新人の頃は、撮影レンズやファインダーの設計を教わりながら、趣味のオールドカメラやレンズ、望遠鏡設計の話も伺うことも楽しみの一つだった。

佐藤さんが33夜で紹介した通り、ニコンのAFコンパクトカメラの系譜は1983年発売のピカイチ L35AFにはじまり、その翌年の1984年にはレンズを35mm F3.5に変更した普及版ピカイチ メイト L135AF/ADが発売、そして1986年には、コンパクトカメラでも望遠撮影がしたいという要望から、35mm F3.5と65mm F5.6をテレコンバータの挿脱で切り替える2焦点カメラピカイチ テレ L35TWAF/ADを発売、同年3m防水機能をもったピカイチ カリブ A35AWAF/ADが発売され、ニコンのコンパクトカメラの初期ラインナップが完成する。

その後のコンパクトカメラ市場の大きな動きとしてはズームレンズ化が挙げられる。他社からズームコンパクトカメラが発売されたのを契機としてニコンでも開発を着手し、1988年にピカイチズームTW ZoomQDが発売される。それ以降2焦点カメラはズームカメラに置き換えられ、単焦点カメラは普及機の位置づけとなり、コンパクトカメラ開発の主力はズームカメラ開発へと移行したのである。

原点回帰

しかし、ズームカメラ開発も数年後には行き詰まりをみせる。その理由の1つはカメラ本体の大型化である。コンパクトカメラのズームレンズは、凸凹の2群ズームを基本としている。この構成でズーム比を大きくしようとするとレンズの移動量が飛躍的に増え、鏡筒メカ機構が大型化してしまうのである。また、凸凹2群ズームは1群に絞りを組み込んだ光学系のため、ズーム比分だけTeleのF値が暗くなることが避けられない。35-70mmのズームでWideがF4ならTeleはF8だが、35-105mmのズームではTeleはF12となってしまう。ISO400のネガカラーフィルムが普及していた時代とはいえ、当時社内ではF11を超えるF値は受け入れられないだろうとの考えがあった。そしてもう一つの課題がAFの精度である。レンジファインダーカメラをお使いの方はご存じのことと思うが、ピント合わせの必要精度は、焦点距離が長くなるほど、F値が小さくなるほどシビアになる。とりわけ焦点距離は二乗に比例して厳しくなるため、レンジファインダーカメラと同様に100mmを超える焦点距離のレンズを搭載するのが難しかったのだ。

そうしたことから原点回帰として、コンパクトカメラという名前にふさわしい超小型カメラをつくろうというプロジェクトが動き出したのである。実は小型のカメラのプロジェクトはこれが最初ではない。私が入社して間もない時期にも薄型カメラの企画が持ち上がり、私が薄型レンズの設計を担当し、レンズ部分の試作まで行ったのだが、結局カメラとしての企画は立ち消えになってしまった。理由は色々あったのだろうが、撮影レンズのコスト高も要因の1つだっただろう。初代ピカイチの撮影レンズが4群5枚構成、2代目3代目ピカイチの撮影レンズが3群4枚構成とコストダウンが図られているのに対して、新設計のレンズは薄型化のためプラスチック非球面レンズを含む4群5枚という構成だった。このコスト高は開発中止に少なからず影響を与えたに違いない。

コンパクトカメラはコスト競争が激しい市場である。入社して間もないころ担当した設計にピカイチ3(L35AF3/AD3)のファインダー設計があった。前機種のピカイチ2(L35AF2/AD2)と同様のアルバダ式ファインダーだったが、この新設計で1台あたり数十円のコストダウンになると若宮さんは喜んでいた。コンパクトカメラは単価が安い代わりに販売される台数も多い。十円単位のコストダウンの積み重ねが大切なのである。

昔話で脱線してしまった。新しい超コンパクトカメラの話に戻ろう。このカメラの開発リーダーを任されたのは、カメラ設計部第五設計課の宮本英典(みやもとひでのり)さんである。私が入社当時カメラ設計部には5つの設計課があって、第五設計課がコンパクトカメラの設計を担当していた。宮本さんは1980年入社で、このニコンミニ開発のほか、1986年発売のピカイチ テレ(L35TWAF/AD) や1992年発売、ニコンでパノラマ機構初搭載のズーム85パノラマQD(TW Zoom85QD)や、1998年発売の小型APSカプセルカメラNuvis Sなどの設計に携わり、長年にわたってニコンのフィルムコンパクトカメラ開発を牽引した一人である。そしてその後は生産技術部門や海外工場、品質保証部門を歴任された。私自身も長年にわたってお世話になった先輩である。

このカメラに対する宮本さんの想いは「世界最小のAFコンパクトカメラをつくる」の一言だった。光学系の設計を担当する私にもこの言葉は響いた。というのも私も小型カメラが好きで、Rollei35やMINOXなどをサブカメラとして愛用していたからだ。カメラは写真を撮りたいときに持っていなければ意味がない。そのためにはいつでも持ち歩けて、持っていることに負担を感じず、かばんやポケットからさっと取り出せて、シャッターと切るときれいな写真が残せる究極の小型カメラをつくりたい。宮本さんもきっと同じ思いだったろう。宮本さんはよく、今あるカメラの寸法を1ミリ2ミリ削って数字だけの世界最小カメラをつくりたいんじゃない、お客さんが手に取った時、本当に小さいね!軽いね!と実感できるものでなきゃ世界最小の意味がないと言っていた。今までのAFコンパクトカメラと一線を画す小型軽量さがこのカメラのコンセプトだったのである。

世界最小を目指して

ここからは、ニコンミニの小型化の秘密について探っていこう。まずはカメラ全体のレイアウトである。これがカメラの横幅や高さを決定する重要なポイントだ。まず正面の外観を写真2に示す。

写真2 ニコンミニ正面

ニコンミニの外径寸法は108mm(横幅)x62mm(高さ)x32mm(厚さ)で、マニュアルカメラ時代の超小型35mmカメラRollei35と比べても、横幅こそ約10mm長いものの、縦寸法や厚さは逆に数ミリ小さい。しかもこの中にフィルムの自動給装機構、AE/AF機構、スピードライトが内蔵されているのである。またニコンミニは、外観を含めエンジニアリングプラスチックを多用しているため、質量も155gと圧倒的に軽い。

まず正面から見て気づくのはファインダー窓が見当たらないことだろう。正面からみて一番目立つのは撮影レンズを含む鏡筒部、そして正面右上に配置されたスピードライト、そして次に目立つのが正面上部に2個配置されたAFレンズである。しかしよく見ると、2つのAFレンズの間に3つの窓があることがわかる。向かって右側のAFレンズの横の角窓が、セルフタイマー動作を知らせるランプ(これは赤目軽減ライトも兼ねている)。また左側AFレンズ横の丸窓がAE受光窓。そして鏡筒部のすぐ上にある直径1ミリほどの窓がファインダーの窓なのである。ファインダーについてはあとで詳しく説明するが、このようにAFコンパクトカメラに必要なモジュールを高密度に配置することでカメラの高さを下げることに成功している。

次に横幅短縮の秘密についてみてみよう。写真3に裏蓋を開けた状態の背面写真を示す。

写真3 裏蓋と電池蓋を開けた背面

向かって左にフィルムのパトローネ室があり、右に撮影したフィルムを巻き取るスプールが配置されている。35mmフィルムカメラに詳しい方なら、あれっ?と思われる箇所があると思う。35mmフィルムは感光面の上下にパーフォレーションの穴が規則正しく空いており、この穴にスプロケットという歯車をかみ合わせてフィルムを送るのが通常である。しかしニコンミニでは横幅を短くし、かつ正確にフィルムを送るためスプロケットを廃止している。そのスプロケットの代わりに設けられたのがファインダー接眼窓のすぐ左下にある給装検知ローラーである。この給装検知ローラーの回転角度を読み取ることで、正確なフィルム給装を行っている。しかしこれだけではカメラの横幅短縮には不十分だ。そこで宮本さんは、通常スプール横などに配置される電池をカメラ底部に配置し、スピードライト発光に必要なコンデンサーを細い2本のコンデンサーに分割し、写真3に見えるスプール筒の右側に並べて配置することで、大幅な横幅短縮を実現している。実際写真3を見ても、カメラ底面に電池を配置してもレンズの光路を遮る心配はなく合理的なレイアウトである。ただ底部に電池を配置するとフィルムの巻き戻しに不都合が生じる。35mmフィルムは所定のコマ数を撮影後、フィルムをパトローネ内に巻き戻す必要がある。この巻き戻し機構のために、スプール筒の中に配置されているモーターからの駆動力を、通常はカメラ底に配置されたギア列で巻き戻し軸に伝達するのだが、ニコンミニでは図1のように、傘歯車とシャフトによってカメラ底部の電池室を避けるように給装機構を配置することで、この課題を解決している。

図1 フィルム給装・巻き戻し機構

また、ニコンミニでは、カメラの厚さを薄くし、カメラ背面をすっきりさせるために、デート写しこみ機構を、フィルム圧板側からではなく乳剤面側から写しこむ方式を採用している。この機構は写真3で、スプールとレンズ開口部の間の柱の中に配置されているレンズプリズムによって、カメラ上部の基板に配置されたLEDアレイの点滅を、フィルムの給装を行いながら1列ごとに順次露光するしくみだ。フィルム上に整った文字を露光してゆくにはフィルム給装の精密さが重要であるため、給装検知ローラーによる制御が不可欠なのである。

撮影レンズ

ニコンミニに搭載の撮影レンズはニコンレンズ28mm F3.5である。このスペックは、パノラマ撮影時により広い画角を撮影したいということと、常に携帯して写真を撮るスナップショットには、より広角な28mmが適していることで当初から構想されていた。そしてもう一つ理由を付け加えれば、35mmレンズよりカメラを薄型化できることだろう。ニコンミニは世界最小を狙うために、撮影レンズはモーターによる電動沈胴で、沈胴モーターによる全体繰り出しフォーカスすることが当初から決まっていた。しかしレンズを沈胴するといっても、レンズの繰り出し量には限りがある。加えて宮本さんには最短撮影距離を短くしたいという強い想いがあった。このニコンミニの最短撮影距離は、コンパクトカメラとしては非常に短い35cmだが、これを達成しようとすると28mmのレンズでは約2.7mmの繰り出し量で済むが、35mmのレンズでは約4.4mmと1.7mmも余分に繰り出し量が必要になる。無限遠撮影状態のレンズ全長ではなく、最短撮影距離でのレンズ全長を短くする必要があったことから、28mmレンズの搭載は世界最小カメラを実現するための必須事項だったのである。

図2にニコンレンズ28mm F3.5のレンズ断面図を掲げる。

図2 ニコンレンズ28mm F3.5レンズ断面図

いわゆるビハインド絞りのトリプレットタイプのレンズである。以前お話したと思うが、トリプレットレンズは、色収差を含むすべての収差を補正できる最小のレンズ構成である。世界最小カメラといえども普通の価格帯で販売されるカメラなので、私の中では3枚のレンズで設計することは設計当初から決まっていた。このレンズの特徴は、各レンズの間隔が接近しており、レンズの縁で接触することで全てのレンズ間隔が決まる構成になっていることだ。このような構成を社内では「突き当て」といっているが、レンズの加工精度だけでレンズ間隔が決まるため、レンズを精度よく安定して生産することに寄与している。ちなみに第3レンズの両凸レンズは、前側面と後側面の曲率半径を全く同じにしており、組み立て時の表裏判別の手間を省いている。

レンズ同士の間隔を極端に短くすることはトリプレットレンズで28mmのスペックを実現するにはどうしても必要な事項だった。一般にレンズを広角化するには、レンズ間隔を広くとり、光線をゆるやかに曲げるというアプローチと、レンズ間隔を狭めることで、画面最周辺での高次の非点収差の発生を極力抑制するという2つの真逆のアプローチがあるが、前者のアプローチが使えるのは、レンズ枚数が豊富に使える場合に限られるため、トリプレット限定の設計では当然後者のアプローチを採用し、各レンズの間隔を可能な限り狭めているのである。さらに高次の非点収差を抑制するため、画面周辺に結像する光線がレンズの端部を通る第1レンズの屈折力を極力弱め、逆に絞りに近い第3凸レンズの屈折力を大きくしている。またレンズ間隔を狭めると、像面湾曲の指標となるペッツバール和が大きくなるため、第3凸レンズには高屈折率低分散ガラスを用い、像面の平坦性を確保している。

このレンズの描写について簡単に解説しよう。このレンズはトリプレット構成であるため、画面の最周辺まで均質で高解像な描写をするレンズではない。このカメラを使ってくださるユーザーを想定して、画面の主要部分が開放からコントラストのよい画像となるよう設計されている。L版プリントを主に見て楽しむユーザーにとって、解像力が高いことより、見た目の鮮やかさやコントラストの高さが重要と考えたためだ。とはいえ主要被写体が配置される画面中心あたりの解像力が低いと、L版や2L版プリントでも良し悪しがわかってしまうため、画面中心部の解像力とコントラストはできるだけ高くするようバランスした。像面湾曲および非点収差は残存しており、絞り開放では画面中間で一旦解像力が低下するが、画面6~7割でふたたび向上し、画面8割より外側で低下する。この解像力低下は絞り込むことである程度改善される。

軸上色収差、倍率色収差は、色のにごりにつながるため十分小さく補正しているが、開放付近の画面周辺では色のコマ収差が残存しており夜景などの実写で確認できる。これもコマ収差であるため、絞り込むことで目立たなくなるだろう。歪曲収差は、画面の主要部分では極めて小さく目立たないが、画面のごく四隅で-1%強の樽型歪曲がある。

そして、このレンズで一番特徴的なのは周辺光量だろう。このレンズのようにレンズの後ろに絞りを配置するビハインド絞りのレンズは原理的に周辺光量が少ないという宿命があって、このレンズも例外ではない。開放から可能な限りビネッティングを少なくするよう配慮したが、絞り込んで開口効率が100%となった場合でも大きな周辺減光が残るため、シーンによっては目立つことがあるだろう。

AFシステム

撮影レンズの上にある2つの窓がAF用レンズである。この2つのレンズも世界最小を狙うため新規に設計している。一方のレンズのピント面にはIRED(赤外線LED)が配置され、被写体に向けて赤外光を投射する。そしてもう一方のレンズのピント位置にはPSDという受光センサーが配置され、被写体で反射した赤外光を受光する。この両者のレンズは基線長25mm離れて配置されており、三角測量の原理で被写体までの距離を計測するのである。このようなAFシステムを赤外線アクティブAF方式という。

このPSDからの信号はカメラ内CPUに送られて被写体距離が演算され、この結果に基づいて、撮影レンズを沈胴するモーターの駆動でレンズの繰り出しが行われる。レンズの繰り出し制御は無限遠から最短撮影距離35cmまでを100分割されたステップで行われる。最短撮影距離での繰り出し量は約2.7mmなので十分な精度を確保している。

ファインダー

図3にニコンミニのファインダー構成を示す。

図3 ニコンミニ ファインダー

図3で左から開口絞りを通った光線は、2枚の凸非球面レンズで構成される対物レンズによって視野枠上に結像する。そしてこの像は正立プリズムによって反転され、画面右の接眼レンズを通して観察されるという構成である。そしてこれらの部品は全てプラスチックで構成され軽量化に寄与している。このように凸の対物レンズで結像した実像を観察するファインダーを実像式ファインダーという。実像式ファインダーは、レンジファインダーカメラの時代、外付けのユニバーサルファインダーとして市販されていたが、正立化するためにプリズムが必要でコストがかかることから、初期のフィルムコンパクトカメラでは凹レンズの対物と凸レンズの接眼で構成される逆ガリレオ式(虚像式)ファインダーが主流だった。この流れが変わったのは1980年代末のことである。1つはコンパクトカメラのズーム化である。ズームファインダーは、虚像式ファインダーでも構成は可能で、ニコンの初代ズームコンパクトカメラ、ピカイチズームTW ZoomQDも虚像式ファインダーを搭載している。しかし虚像式ファインダーでは、ズーム比を拡大したり広角化しようとすると、どうしても全長や前玉径を小さくできずカメラサイズが大きくなる欠点があり、2代目となるズームコンパクト、ピカイチズーム35-70 TW Zoom35-70QDでは実像式ファインダーが採用されている。そしてもう1つはプラスチック成型技術の進歩によって、高精度のプリズムが安価に成形できるようになったことである。こうして実像式ファインダーが一気に普及したのである。

実像式ファインダーには、ファインダー対物窓を小さくできる、視野枠を表示するのにハーフミラーが必要ないため視野が明るい、視野枠によって明快に視野が区切られるという特徴がある。ニコンミニのファインダーにもこうした特長が生かされ、明るくシャープな見え味を提供しながら、対物窓を最前面に配置することで、AFレンズやセルフタイマーランプに干渉することなく、高密度な実装を可能にしている。図4にファインダーの視野図とファインダー斜視図を示す。

図4 ファインダー視野図と斜視図

図3ではわかりづらかったプリズムの構造が斜視図でわかりやすくなっただろうか?このような正立プリズムをポロ2型プリズムといい、大型双眼鏡などで広く用いられている。もともと3つの直角プリズムを貼り合わせた構造だが、プラスチック成型でつくる場合1部品として成形できるので、そのコストダウン効果は計り知れない。

レンズの描写

それではいくつかの作例をもとにレンズの描写をみてゆこう。今までの交換レンズの作例の多くはデジタルカメラで撮り下ろしていたが、今回は過去に撮影したネガフィルムをデジタイズしたものである。かつてはフィルムのデジタイズというとCOOLSCANのようなフィルムスキャナーで行うのが主流だったが、今はデジタルカメラとマイクロレンズによるフィルムの複写で高解像なデジタルデータに変換できるようになっている。以下の作例では、Nikon D3300にAF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gを装着し、ネガフィルムを約1:1.5xで撮影してデジタイズを行った。D850やD780を使えば、ネガフィルムの階調をカメラ内で反転してお手軽にデジタイズができるが、NX Studioを使うことで、他のニコンデジタルカメラでも行うことができる。やや手間はかかるが、より自由度の高いデジタイズが可能である。

これが正解というわけではないが、私の行った方法をざっと紹介しよう。まずフィルムの複写だが、演色性の良好なライトボックスにフィルムを置き、これにカメラ・レンズを正対させる。このためには、フィルムデジタイズアダプターES-2があると便利だが、三脚等にカメラを固定して行うこともできる。この場合第74夜で紹介したように、ミラーを使って被写体とセンサー面を平行に保つことが大切だ。またネガフィルムのデジタイズでは、実画面より一回り広く撮影するなどして未露光部分のベース色を記録しておくと、現像処理が容易になる。以下の作例では、絞りF8、ISO400、絞り優先オート(1/30s前後)で撮影し、RAWで記録保存した。

現像はNX-Studioで行う。まずホワイトバランスを「グレーポイントサンプルツール」でフィルムの未露光部分をクリックして背景をグレー化する。次にトーンカーブで階調を反転させる。具体的には、トーンカーブの左下をつまんで中間あたりまで直線を持ち上げる。次に右上をつまんで一気に下まで下げる。そして直線の左端をつまんで上まで持ち上げれば階調が反転された画像になる。ここまで出来たらトリミングツールを使って未露光部分の余白を切り取る。あとは思い通りの色調と階調になるように、RGB各色のトーンカーブを調整する。そして最後にレタッチブラシで、ゴミの乗ってしまった部分を修正すれば完成である。保存はファイルサイズが大きくなるが、16bit-tiff形式で保存しておくと、後々別ソフトで細かい調整ができるのでおすすめである。

以下の作例では、見た目に自然な色あいになるように調整したつもりだが、それでもデジタルカメラにはない、ネガカラー特有の淡い色合いや軟調なトーンが現れているように感じる。

作例1

Nikon AF600QD Nikon Lens 28mm F3.5 プログラムオート Fuji G400
Nikon D3300+AF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gにてデジタイズ

作例2

Nikon AF600QD Nikon Lens 28mm F3.5 プログラムオート Fuji G400
Nikon D3300+AF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gにてデジタイズ

作例1は、日中晴天下で撮影した遠景写真である。ISO400のフィルムを使っているので、F11あたりまで絞り込まれていると思われる。そのため画面四隅まで整った描写となっているが、画面四隅には依然として光量低下が見られる。このレンズはF8まで絞ると開口効率は100%になるが、周辺光量はこの状態でもそれほど向上しない。これは小型に設計されたビハインド絞りレンズの宿命で、このレンズの特徴の1つになっている。一方このレンズは、画面中間から周辺にかけて-1%強の樽型歪曲をもっているが、絶対値が小さいため、通常はほとんど目立つことはないだろう。

作例2は、ラスベガスの夜景写真である。ネオンでかなり明るい夜景だが、絞りは開放になっているはずだ。光源のまわりにはフィルム特有のイラジレーションがみられるが、画面の大部分の描写は、絞り開放でも大変シャープなことがわかるだろう。一方画面周辺部にかけてはなだらかに解像が甘くなり、赤っぽい光源の形状にはそれほど乱れはないが、画面左下の白色街灯など、画面周辺の白色や青い光源に着目すると、画面中央に向かって青いコマフレアが発生し光源の形状が変形していることがわかるだろう。これは色コマフレアという収差で、絞りと像面の間にレンズを配置できないビハインド絞りレンズでは、補正が難しい収差である。ちなみに、この色コマフレアは、絞り込むことによってカットすることができるため、F8~11以上に絞り込まれる日中の撮影ではあまり目立つことはないだろう。作例1で目立たないのも絞り込まれていることが理由である。

作例3

Nikon AF600QD Nikon Lens 28mm F3.5 プログラムオート Konica X400
Nikon D3300+AF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gにてデジタイズ

作例4

Nikon AF600QD Nikon Lens 28mm F3.5 プログラムオート Fuji G400
Nikon D3300+AF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gにてデジタイズ

作例3は、東京駅近くにある巨大なキリンのオブジェである。こうした撮影では28mmの広角レンズであることが役に立ってくれる。日中の撮影だが、曇天あるいは直接日の当たっていない被写体であるため、それほど絞り込まれておらず、F5.6~F8絞りと推定される。キリンの頭から足先までシャープな描写である。ただし、画面左上に着目して拡大してみると、建物のエッジに赤と青の色にじみが認められる。これは作例2で解説した色コマフレアの名残りで、改めて光学シミュレーションで確認してみると、画面の四隅まで完全に色コマフレアを除くには、F11~F16まで絞り込む必要があった。

作例4は、春に桜と前後して咲くハナモモの写真である。背景の青空からわかるとおり快晴だったのでF11以上絞り込まれていると思われる。そのため周辺光量の低下を除けば画面四隅に至るまで均質な描写で、花が鮮明に描写されている。このレンズは、ユーザーの撮影するシーンをいろいろ考えた結果、中間距離で最良の性能が発揮されるようバランスされている。

作例5

Nikon AF600QD Nikon Lens 28mm F3.5 プログラムオート Fuji G400
Nikon D3300+AF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gにてデジタイズ

作例6

Nikon AF600QD Nikon Lens 28mm F3.5 プログラムオート Fuji G400
Nikon D3300+AF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8Gにてデジタイズ

作例5は、実家で飼っていた愛犬の写真である。犬の影があることからわかる通り、ISO400のフィルムで晴天撮影なのでF11より絞り込まれていたと思われる。そのため背景にもピントがある程度きており、かつ被写体である犬の毛並みもしっかり描写されている。ただ惜しむらくは愛犬の顔が上に寄りすぎていて、画面下に余白があいている。今思えばファインダーのパララックスを見誤った結果だろうと想像している。一眼レフやミラーレスカメラの場合、ファインダーを撮影レンズが兼ねているため、ファインダーや背面モニターに表示されている通りの構図で撮影される。しかし、コンパクトカメラの場合、ファインダーの光軸と撮影レンズの光軸が平行にずれているため、近距離被写体では、ファインダーで見た構図と、撮影結果の構図にずれ=パララックスが生じるのである。この補正のためにファインダー内には図4のようにパララックス補正マークがついているのだが、これをうっかり見落として撮影したために、画面上部がきゅうくつな構図になってしまったのだと思う。ニコンミニは撮影レンズ・ファインダーとも小型に設計しているため、パララックスの量は小さい方だが、撮影距離が1mより近い場合は、近距離補正マークを頼りにフレーミングすることをお勧めする。

作例6は、さらに近距離で撮影したクローズアップ撮影である。写りこんでいるニコンFのサイズから推定すると撮影距離はおよそ50cmくらいだろうか。薄曇りで日陰の人物を撮影しているため、それほど絞られてはいないと思われる。F5.6くらいだろう。ニコンFの擬革の質感や金属加工されたダイヤル類など克明に描写されている。人物の着るデニム地ややや前ボケの木目の質感も良好だ。また背景の樹木のボケ味も素直で、28mmF3.5とそれほどボケるレンズではないが、作画に生かしたいレンズの特長である。

理想のサブカメラ

ニコンミニの開発着手時期は記録には残っておらず、自分自身のことながら記憶も定かではないが、1991年の半ば頃に構想がはじまり、撮影レンズ、ファインダー、AFシステムなどの概略検討を順次行い、ほぼ終わったのは1991年秋のことであった。この当時は、コンパクトカメラ開発の最盛期で、1992年に4製品、1993年には5製品の新製品を発売している。設計担当の負荷軽減のため、撮影レンズとファインダーは別の設計担当者が充てられるのが通例だったが、このニコンミニは単焦点機種だったため、撮影レンズに加え、ファインダーやAFレンズ設計まで担当できたことは幸運だった。設計したコンパクトカメラの中でもとりわけ思い出深い機種である。

ちなみに、コンパクトカメラの設計は構想設計を終えてもそれで設計完了というわけではない。撮影レンズ、ファインダー、AFモジュール、基板、メカ機構をレイアウトしてみると、干渉や外観からのはみだしなど不都合が噴出する。それら不具合を、修正設計を繰り返しながら折り合いをつけて解消し詳細設計を固めてゆくのである。またそれと並行してコストの計算を行い、所定の金額内に収めなければならない。これが設計リーダー宮本さんの仕事である。光学系でも宮本さんの要請に応じて、撮影レンズでは硝材変更の1回、ファインダーでは4回、AFレンズは3回の設計変更を行い、ようやく1992年の初夏に光学の詳細設計が一段落したのであった。しかしその後も宮本さんの小型化と製品化への格闘は続き、発表・発売までの宮本さんのプレッシャーは相当なものだっただろう。というのも「世界最小」を謳うには、ニコンミニ発売までの間に他社から、さらに小型軽量なカメラが発表されないことが条件である。この価格帯でこれ以上小さなカメラはつくれないだろうという自信はあったものの、私自身も世界最小を謳えるかどうかドキドキであった。

そして1993年3月にニコンミニAF600QD/Lite-Touch AFは、世界最小のAFコンパクトカメラとして無事発売され、内外で高い評価を得るに至ったのである。もちろん私自身も購入し、家族の記念写真や普段持ち歩くカメラ、一眼レフのサブカメラとして長年愛用したカメラである。とにかく小さく軽く、写真を撮る気のない時でも持ち歩いて苦にならないサイズ感で、常にカバンの片隅にはニコンミニがあった。ちょっとした子供とのお散歩にも携帯できるコンパクトさ、気軽さはこのカメラならではのものだろう。つるんとした小さなボディには、世界最小最軽量を実現しようと格闘した宮本さんをはじめ開発陣の情熱が凝縮されているのである。