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嶌村 吉祥丸
フォトグラファー/アーティスト
東京生まれ。フォトグラファー/アーティストとして分野を越境し国内外を問わず活動。さまざまな表現者と協働しながら same gallery(東京)や koen(京都)のディレクターとして企画・キュレーションを行うほか、「ラーメン吉祥丸」やフレグランスブランド「kibn」をプロデュース。主な個展に“Unusual Usual”(Portland, 2014)、“Inside Out”(Warsaw, 2016)、“ photosynthesis”(Tokyo, 2020)、“curated wander - a butterfly flies, a leaf drifts”(Tokyo,2025)、妙を観る(Kyoto,2026)など。主な作品集に写真集「what is good?」がある。
HERALBONY Art Prize 2026でグランプリを受賞した、オランダのアーティスト、Kar Hang Mui(カー・ハン・ムイ)さん。その制作風景と人となりを伝えるドキュメンタリー映像で、撮影と監督を担当したのが嶌村吉祥丸さんです。
撮影の舞台は、Kar Hang Muiさんが日々制作を行うオランダのアトリエです。嶌村さんとプロデューサーの2名という小さな体制で作家の制作時間に入り、そこで起きることを追っていく。言語的なコミュニケーションには制約があり、Kar Hang Muiさん自身も、多くを言葉で語るタイプではありません。
では、言葉に頼れない状況で、相手をどう撮るのか。嶌村さんが現場で探っていたのは、カメラを向ける距離と、撮影者としての気配でした。
今回の撮影で使用されたのはZRです。外部モニターやジンバルを使わず、ほぼ手持ちで撮影された今回のドキュメンタリー撮影で、ZRはどのように機能したのでしょうか。嶌村さんに、作品への向き合い方と撮影現場での手応えを聞きました。
聞き手:COMMERCIAL PHOTO
HERALBONYの存在は、人のつながりで以前から知っていました。ただ、今回は海外でのドキュメンタリー撮影だったために、言語的な壁もありますし、機材面でも、日本で様々なところからレンタルしてチームを組むタイプの撮影とは前提が違います。
だからこそ、準備をちゃんとしていかなければという気持ちで撮影に臨みました。
最終的にはカラーグレーディングのタイミングで明確に言語化して細かいタッチを詰めていったのですが、ドキュメンタリーではありつつも、ある程度フィルムトーンであり、映画的なルックにはしたいと思っていました。
ただ、粒子感を出して、本当に16mmや35mmフィルムで撮ったように見せたいわけではありません。あくまでドキュメンタリーなので、そこで起きたことのリアリティは画としても出したかった。
照明を組んで撮っているわけでもないですし、カラーフィルターやライティングで演出するものでもない。演出していないリアリティの中での映画的表現、という感覚は最初からありました。
本当にまっすぐな方だと思いました。
もちろん、自閉症を持っていることからくる集中力や、ゾーンに入り続けられる能力というのは、彼の特徴としてあると思います。ただ、それ以外にも、ご家族や施設の方のお話を聞いて、本当に自分自身に素直に向き合っている方だと感じました。
数日しか一緒に過ごせていませんが、一緒に時間を過ごしていく中で彼の中にある表現者としての一面を強く感じました。
彼との直接的なコミュニケーションは、正直ほとんどありません。僕がオランダ語を話せないこともありますし、言語でやり取りするというよりは、僕はあくまで彼のアトリエにお邪魔させていただく立場でした。
だから最初は、彼の制作の邪魔にならないように、できるだけ気配を消していようと思っていました。
撮り始めた頃は、僕がアトリエに入ってカメラを向けていると、彼の体の向きが少しカメラの反対方向に向いているような感覚がありました。ジェスチャーではないのですが、少し壁を作っているように見えたのが正直なところです。
でも、1日目、2日目と時間をかけていく中で、いろいろな方向から撮らせていただくうちに、彼もだんだん僕のことを受け入れてくれているような印象がありました。
言語的なコミュニケーションはなかったのですが、映像や写真を撮っていく中で、それが言葉以外の対話として、少しずつ彼に受け入れられていったのかもしれません。
ほとんどの時間をアトリエで一緒に過ごしていました。最終的な映像にも、黙々と描いている場面が結構入っています。
今回、ほぼNIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S IIをつけっぱなしで撮影していました。普通のドキュメンタリーなら、被写体との距離を保つために70-200mmくらいで寄りのカットを狙うことも多いと思います。
でも今回は、指先のシーンもかなり近づいて撮っています。50mmや70mmで、本当に近くから撮影しました。
ドキュメンタリーにしては近すぎるだろうな、と自分でも思っていました。でも近くにいても、彼はゾーンに入り続けている。お互いに夢中になって、僕は僕で黙々と画を撮っているし、彼は彼で黙々と絵を描いている。
その無言のコミュニケーションが存在する特殊な環境を楽しんでいました。彼にとっては居心地が悪かったかもしれないですけどね。でも、その状況が印象に残っています。
普段も、僕はあまり言語的なコミュニケーションをたくさん取って撮影するタイプではありません。間合いを意識しながら、いろいろな距離感から撮っていくのが自分のスタイルです。
今回は、作家が同じ絵の同じ部分を塗り続けるような単純動作が数時間続くこともありました。そこに対して、自分がどういった視点を持つか。最終的に映像として成立させるために、考える必要がありました。
それは大きいと思います。
彼のテーブルの上で起きていることを撮っているシーンがあります。あれを大きなシネマカメラできちんとリグを組んで撮っていたら、かなり彼の作業環境を圧迫してしまうと思います。
ZRのような比較的コンパクトなカメラだからこそ、近くに僕がいて撮っていることを、彼が無意識に許してくれたのではないかなと思います。
カメラが大きくなると、撮影している側の存在感も大きくなります。今回のように作家が制作に集中している場では、その存在感が被写体との距離にも関わってくると思います。
撮りたいときに撮って、できるだけ何も考えないことです。
彼のルーティンや、何時くらいに昼食を食べる、何時くらいにアトリエに来るなどという流れはざっくり把握していました。ただ、その動作を繰り返してもらうわけにはいきません。起きていることを、僕らはひたすら追いかけることしかできないと思っていました。
だから、瞬発力みたいなところですね。
そこに対して、ZRは手ブレ補正も効いてくれました。撮影はほぼすべて手持ちです。三脚は俯瞰のシーンで一部使ったくらいで、それ以外は手持ちで撮っています。
パッと電源を入れて、すぐレコーディングできる。セットアップを気にせず撮れる。それは今回のドキュメンタリーにおいて、かなり大きなアドバンテージでした。
はい。ジンバルは持って行っていません。
手ブレ補正は基本的に全部オンにしていました。歩いているシーンでは、アクティブな手ブレ補正も使っています。それが自分の撮影スタイルとしては、かなりありがたかったですね。
たとえば、最後の方に外で並走しているシーンがあります。あのときも土壇場で手ブレ補正をアクティブモードにして撮りました。普通に撮ると、見るに堪えない手ブレになることもあると思います。でも今回は、程よい手ブレで済んでくれました。
手持ちの揺れは残っているのですが、それが嫌な揺れではなく、心地いい手ブレになっている。その点は、ZRの手ブレ補正のおかげだと思います。
できるだけ軽くしたかったため、リグも大きく組んではいませんし、外部モニターも使っていません。ただ、腰や肩で支えられる折りたたみ式のサポートリグは使いました。それとの組み合わせもあって、ちょうどいい手ブレになっているのかもしれません。
ZRのディスプレイサイズが、自分としてはちょうどよかったです。
一般的なミラーレス一眼カメラだと、モニターがもう少し小さくて、見づらいと感じることがあります。逆に大きいカメラだと、全体のサイズも大きくなってしまう。その点、ZRはコンパクトさを保ちながら、外部モニターなしでも見やすいディスプレイでした。
バッテリーも思ったより持ちました。僕がずっと回しっぱなしにするタイプではないというのもありますが、1日で1本か2本くらいだったと思います。替えのバッテリーに交換するタイミングが、1回あったかどうかくらいでした。
仕事だったり、旅だったり、撮る環境や制限がそれぞれ違うので、それに応じて今回はこれがいいな、というアプローチで選んでいます。
僕は三脚やその他の機材を含めて、大掛かりにしたくない側の人間なので、コンパクトであることは大きなメリットです。もちろん、モニターが小さすぎると困ることもありますが。
たとえばミュージックビデオであれば、もう少し撮るタイミングや領域を制限できるので、RAWで収録できることが選択肢として意味を持ってくると思います。そういうふうに、案件ごとの条件でカメラを選んでいます。
そうです。1シーンだけ別のレンズを使っていますが、それ以外は全部NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S IIです。僕は単焦点レンズが好きなのですが、試してみたら「24-70mmでいいな」と思ったんです。
レンズを変えることは、ドキュメンタリーにおいてはリスクでもあります。手間でもありますし、その間に撮り逃してしまうこともある。だから、できるだけ選択肢を減らしたいと思いました。
普段は35mmか50mmで撮ることが多いです。今回も、意識せずともそのくらいの画角で撮っていることが多かったと思います。
ただ、今回はズームレンズだったので、何ミリで撮ろうというより、その都度気持ちいい画角で撮っていました。アトリエがあまり広くなかったので、24mmに近いところで撮っている部分もあります。
後からデータを見たら、結果的に40mmが多かった、みたいなことはあるかもしれません。でも撮影時は、数字を決めて撮るというより、割とランダムに撮っています。
何も意識していないですね。
というと少し乱暴ですが、自分は写真の畑でやってきた人間なので、いわゆる映像的な動きで緩急をつけたいという感覚はあまりありませんでした。
ジンバル的な動きで画面に動きを与えるのも、もちろんひとつのアプローチだと思います。ただ、僕としてはできるだけ静止画の連続のようにしたかった。
フィックスの絵があって、その中で彼を追ったら少しカメラをパンする。そういう感じです。自分の中では、選択肢を削っていった感覚があります。
はい。ZRの大きなメリットとしてRAW収録があると思うのですが、今回は最初の段階で使わないことを決めました。
どれくらい撮れるかという記録メディアの問題もありましたし、最終的な仕上げまでのスケジュールもかなり詰まっていました。そういう意味で、今回はRAWではなくLogで撮っています。
それでも、色味やトーンは最終的に十分作れたと思います。今回の仕上げには問題なく対応できました。
インタビュー以外のシーンでも、環境音はかなり意識して収録しています。たとえば、絵を描いている時の音が入るよう鉛筆の近くにマイクを置くようなこともしました。
今回はZRで録音した音以外にも、カメラ内蔵マイクに加えて、ピンマイクや環境音用のマイクを別系統で収録しています。アトリエには他の作家さんもいましたし、音楽が流れていたり、会話があったりして、静かな環境ではありませんでした。
最終的な音のバランスは、かなり分業で進めています。インタビューの声と環境音のバランスなどは、別の方に見てもらいました。
一方で、カメラ内蔵マイク自体も、静かな環境であれば十分使える可能性は感じました。今回は現場がにぎやかだったので、複数の音を押さえておく形にしています。
見る人にこれが伝われば良い、といった僕個人の思想は正直なところありません。
アートって、ビハインド・ザ・シーンがあまりないと思うんです。最終的に美術館で壁に掛かっているものを見るとか、コンセプトを見ることでしか、僕らが想像できない領域があります。
でも、作家が実際にどういうアプローチで描いているのか、そのプロセスを見ることで、絵を見ただけの人にとっても「こういう人が描いているんだな」とか「こういうふうに描いているんだな」と感じてもらえればいいなと思いました。
Kar Hang Muiさんのスタイルは、「こう読み取ってほしいから、こう描いています」というものではないと思います。ピュアに描きたいから描いている。そのことが見る人に伝わればいいなと。
たまたま自閉症という名称がつけられているだけで、それもひとつの個性ではないかと思います。何か特別な属性として見るのではなく、ひとつの人間性として捉えた上で、純粋に「絵がかっこいい」とか、「この人の集中力はすごいな」と思ってもらえたらいいですね。
コンパクトなサイズ感でこれだけの本格的な動画性能を備えているのはZRくらいなのではと思います。どの領域の動画撮影においても、十分すぎるほど活躍をしてくれると思いますし、撮り手に合わせた優秀な道具として寄り添ってくれると思います。
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